橘バレヱ学校について

バレエは、音楽に合わせて身体を動かすこと。難しく考える必要はありません。誰でも、好きな曲が聞こえれば、自然に口ずさみ、リズムをとって、身体が動いてしまうものです。

何度も同じ音楽を耳にしていると、そのうち、この音はこういう動きがぴったりとか、そんなことを感じるようになり、自分の身体が音楽を演奏している気がしてくる……。これが、“踊る”ということ。そして、バレエ学校は、1人や2人だけでなく、大勢で合わせて楽しく踊ることや、もっときれいに踊ることを学んでいただける場なのです。

正確なメソッドを身につけることで、より美しく踊れるようになります。完全に身につけるには長い時間とやる気が必要ですが、当校には、根気よく支えてくれる教師がいます。

また、よきお手本として見習うべき先輩ダンサーも身近に大勢います。成績優秀な卒業生の多くは、国内外のバレエ団でダンサー・指導者などとして活躍しています。牧阿佐美バレヱ団には、いくつもの舞台で主役を務めた草刈民代、小嶋直也をはじめ、大勢の卒業生が入団しています。

バレエの道をすすむ決心をした生徒がいれば、教師は出来る限りのサポートを惜しみません。ダンサーとしてやっていく心構えを説き、自分の経験を伝えてくれる教師、あるいは先輩たちといつか同じ舞台に立つ、そんな目標を持てるのも、当校ならではです。

もちろん、プロのダンサーになることだけが目的でなくてもよいのです。バレエが好きな気持ちをいつまでも持ち続けてほしい。そこまで好きなことがあったら、人生はどれだけ豊かになることでしょう。

 

また、橘バレエ学校の生徒達は、牧阿佐美バレヱの公演にはもちろんのこと、海外から来日する一流バレエ団の公演にも子役として出演する機会があります。その交流を通じ、橘バレヱ学校の充実した教育システムとその優秀性において高い評価をいただいています。


これまでに出演した、主なバレエ団と作品(50音順)

牧阿佐美バレエ団 「くるみ割り人形」(全幕)  「ドン・キホーテ」(全幕)
「ラ・シルフィード」(全幕)
カナダ・ナショナルバレエ団 「くるみ割り人形」(全幕)
スコティッシュ・バレエ団 「くるみ割り人形」(全幕)
ニューヨーク・シティ・バレエ団 「真夏の世の夢」(全幕)
ペルミ・バレエ団 「アニュータ」(全幕)
ローラン・プティ・バレエ団 「くるみ割り人形」(全幕)
教育理念

橘バレヱ学校では、子どもの身体の成長に合った基礎訓練を取り入れ、解剖学的見地に基づいて筋肉、関節を正しく使って踊ることに重点を置き、「日本人の心」を大切にした、美しい身体表現、美しい心をつくることを理念とし、バレエ芸術教育を通じ、世界に通用するバレエダンサーを育成するだけでなく、人間形成の場として貢献することを目的としています。

沿 革

1950年3月、港区芝に日本初の公認橘バレヱ学園を創立。

1953年、世界で活躍しているアレクサンドラ・ダニロワを指導者として迎え、正統古典バレエの優秀なダンサーを育成する場を確立。

1971に渋谷区富ヶ谷に校舎を移転。現校長橘秋帆(牧阿佐美)は、橘秋子の意志を継ぎ校長に就任。

初代校長 橘 秋子

1907年6月17日 - 1971年5月14日

舞踊家・振付家/栃木県宇都宮市生まれ 栃木県立師範学校(現・宇都宮大学)卒。

1930年、白系ロシア人のエリアナ・パヴロワに学ぶ。

1933年、独立して舞踊活動を開始。

1956年、娘と共に牧阿佐美バレヱ団を結成。

 

【受章歴】

1960年芸術選奨文部大臣賞、 

1966年芸術祭奨励賞、 

1967年紫綬褒章受章

死後、勲四等宝冠章が授与。 


現校長 橘 秋帆(牧阿佐美)

1934年、東京出身、母はバレエダンサーであり、橘バレエ学校初代校長の橘秋子。

幼時より母にバレエを教わり、1954年米国に留学、アレクサンドラ・ダニロワ、イゴール・シュヴェッツォフに学ぶ。

1956年、母と共に牧阿佐美バレヱ団を結成する。

1971年に母が死去した後、現役を引退して橘バレヱ学校校長として後進の育成、指導に当たる。

1999年7月~2010年8月、新国立劇場舞踊芸術監督

2001年4月~、新国立劇場バレエ研修所所長を務め現在に至る。

 

【受賞歴】

1984年 ニムラ賞

1987年 芸術選奨文部大臣賞、東京新聞舞踊芸術賞、舞踊批評家協会賞

1996年 紫綬褒章を受章

2004年 フランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章

 2008年 文化功労者に選ばれる